仕事に情を持ち込むのは時代遅れ?田中角栄を語る「天才:石原慎太郎著」に学ぶ。

仕事のスリム化、コストカット、労働時間の削減、作業の自動化、単純作業にAIの導入など、とにかく無駄を省いて効率よく仕事を進めルためのロジカルシンキングは、もはや職場では常識となっています。仕事に情を持ち込まない、アメリカ流の超資本主義とも言えるかもしれません。それとは真逆の「情」を持ち込む仕事の仕方はもはや過去の遺物なのでしょうか?

田中角栄はもはや歴史上の人物

田中角栄といえば、団塊の世代以上の世代には「角さん」と呼ばれ、特に男性に人気があります。一部のインテリ層には、若干冷静な目で見られてはいるものの、圧倒的な存在感と偉業そして人間味には魅了される人が多く、歴史の教科書に載るほどの人物です。人となりがわかるエピソードが沢山あるので、「田中角栄」を題材にした本はかなりありますね。

最も読まれているのは「天才:石原慎太郎著」でしょう。

田中角栄の側近や、近くにいて人となりを間近で見ていた人たちが書いていることも多く、書かずにはいられない人物であったのだと推察できますね。政治家としての功績は、公式に教科書などにも載りますが、私生活や子供の頃のエピソードはこれらの本から学ぶことが多いし、読者も多いことでしょう。

田中角栄の功績

棚角栄の構成気はしばしば功罪として語られることもありますが、ここが原点とも言える業績の数々です。

政策綱領「日本列島改造論」発表

総理大臣になる直前に発表した、マニュフェストとも言える政策論。現在にも通じる内容が書かれており、未だに参考になる部分が多い政策論。裏日本と表現される日本海側の地域や東北、南九州などの地域にまで新幹線を整備して地方都市を活性化させる案。すでに東海道新幹線にはバックアップ(第二東街道新幹線)が必要と提案。

地方で新しく新幹線を作るための地名を明らかにしたために、地価の高騰が起こり、インフレを招いたとも言われる。しかし、当時語られた新幹線網は近年ようやく北陸や南九州にまで届いた。彼が志半ばで政治生命を絶たれなければ、もっと早く完成していたに違いない。

日中国交正常化

1972年、日本の首相田中角栄、中国首相周恩来の署名により、第二次世界大戦以後途絶えていた両国の間に国交が結ばれた。ただし、この時国交正常化を最優先したために先送りされた尖閣諸島の問題は未だに解決していない。ソ連やアメリカとの関わりから、日中の国交正常化を早く進めたかったのは中国側、周恩来の方であった。

エネルギー政策

石油から原子力へとエネルギーの転換を図る。当時は夢のエネルギーと表現されたこの政策により、国内産業や原発受け入れ地域に大きな富をもたらすが、原発の存在そのものが議論となる現在では罪と言われても仕方がない。

公共政策

ガソリン税、有料道路の通行料から得た財源を道路整備に回す。有料道路という発想は、現在では当たり前の道路の仕組みとなった。

田中角栄の名言

功は焦らなくて良い。実力があれば運は必ず回ってくる

政治家を志す人間は人を愛さなきゃダメだ

内閣はできた時に一番力がある。会社の社長も同じ。力のあるうちにできるだけ早く大きな仕事をやるべきた。

大学の教授よりむしろ小学生の先生を大事にしなければならない。白紙のの子供を教えるのだから。

(→安月給の代名詞であった義務教育教員の給料を大幅にアップ)

私は小学校高等科の卒業(今でいう中学校卒)である。しかしいささか仕事のコツは知っている。我と思わん者は遠慮なく大臣室へ来てくれ。上司の許可はいらない。なんでも言ってくれ。できることはやる。できないことはやらない。すべての責任は私がとる。

好むと好まざるに関わらず、たたなければいけない時がある。総理という職責はなりたいと思ってもなれない。なりたくないと思ってもやらなければならない時があるんだよ。

人間はやっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないをそのまま愛せるかどうかなんだ。

嫌なことはその日のうちに忘れろ。自分でどうにもならんのにくよくよするのは阿呆だ。

人情を見直すエピソード

小学校卒の非エリートで総理大臣まで上り詰めた田中角栄のキャラクターとして語られるのは、「人情味」。名言集の他にも、数々の名言やエピソードを残しています。

曖昧な返事をしない

「結論を先に言え。理由は簡潔に3つ言え。」というのが口癖で、どんな陳情に対しても対面して話を聞き、「できる」「できない」を明らかにし、「できる」と言った約束は必ず守っています。外国人に対しても同じように「イエス」「ノー」をはっきり述べていました。外国人からつけられたあだ名は「コンピューター付きブルドーザー」

悪口は言わない

非常にせっかちで竹を割ったような性格でありながら、対立する相手のことは一切悪口を言わず、会談時には必ず一言褒めてから本題に入理、批判意見を述べるという対面の仕方でした。

部下を必ず助ける

トラブル発覚で困って相談してきた部下に対して、あまり詳しい話は聞かずに300万円を渡したというエピソードがあります。使い道として「100万円で問題解決をし、100万円でお世話になった人にお礼をし、100万円は万が一のために持っておきなさい。」と助言したそうです。

弱者に手を差し伸べる

ある料亭でみすぼらしい衣装を着ていた芸者に対して、わざと酒をこぼして着物を汚し、大金を渡したそうです。「それでは仕事にならんから、これで新しい着物を買いなさい。」と言ったそうです。

ゆとり世代に「角栄流」はどう映る?

ゆとり世代が小学校時代に学んだのは「みんな違ってみんないい」という道徳観。生まれた時からずっと不景気で親の収入は減る一方であり、奨学金で大学進学するのが当たり前な青春時代。そこへ追い打ちをかけるように東日本大震災でしたから、人と繋がりを大切にするのは当たり前で、競って抜きん出るより助け合ってみんなが幸せになることを優先する世代でもあります。

田中角栄の名言やエピソードは昭和という時代背景があってこそのものも多いので、シチュエーションそのものが想像し難い部分はあるかもしれません。しかし「人情」を「絆」と言い換えればかなり受け入れやすいと考えられます。彼らにとってはすでに歴史上の人物ですから、人情味エピソードもこの先ずっと語り継がれていくでしょう。

ゆとり世代からは圧倒的なカリスマ性を持った人がたくさん出ています。特に芸能関係やスポーツ界、IT業界においてその傾向は顕著です。そして彼らは必ずしも高学歴エリートではありません。今後、政治方面でもモンスター級の政治家が出てくるかもしれません。

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